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止上六所大権現社(2) 

引き続き止上六所大権現社です。


今回は止上神社の別当寺であった尾群山錫杖院乗林寺を紹介します。
大乗院末真言宗。
本尊薬師如来。
開山竹林坊。

止上神社の旧鎮座地であったと伝わります。


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参道の脇に一体の石仏が祀られています。

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地元の方は「首無し地蔵」と呼んでいるそうです。


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頭部以外に大きな損傷はありません。

DSC_2921-5.jpg
力強さや重厚感を感じます。
これが乗林寺入口の目印となります。


DSC_2899-4.jpg
石仏を過ぎ、参道の坂を上ります。

DSC_2901-5.jpg
道幅はかろうじて車一台が通れるほど。

DSC_2897-3.jpg
参道の右側に広い土地があります。
ここが旧境内でしょうか。

DSC_2893-5.jpg
左側の壁面に穴が掘られています。

DSC_2896-2.jpg
防空壕かと思いましたが、どうやら違うようです。
水路のように見えましたが詳細は不明。


DSC_2870-2.jpg
坂を上りきったところが乗林寺跡です。
現在は墓地となっています。


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墓地の片隅にいくつかの石造物が置かれています。
これが乗林寺の数少ない遺物になります。

DSC_2881-3.jpg

DSC_2882-4.jpg
「乗林寺住覚隆」
寛保三年(1743)寂。

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「乗林寺開山先師代々 当寺住僧深亮坊覚遍」
覚遍の両側に十数名の歴代住持の名が刻まれています。


DSC_2880-2.jpg
同じような石造部がもう一基あります。

DSC_2878-5.jpg
これにも歴代住持及び覚遍の名が刻まれています。
数字の部分が摩耗し判読不能となっていますが「元禄」の文字が見えます。
しかしこれは元禄年間の物ではない可能性があります。

その理由がこの住持です。
DSC_2876-3.jpg
「乗林寺住僧盛純」
宝永二年(1705)寂。
元禄の後の宝永年間に亡くなっているのがわかります。
先ほどの供養塔にこの人物の名が刻まれているのです。

どちらの供養塔も「覚遍」が建立したことは間違いないので、享保の頃に建立されたと考えるのが妥当かもしれません。
ただなぜ「元禄」と刻まれているのは不明です。


他にもいくつかの墓塔があります。
DSC_2877-4.jpg
「大日覚王 心月妙芳(?)敬白」
元禄十年(1697)建立。

DSC_2890-3.jpg


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聖徳太子像でしょうか。
これはそこまで古い物ではなさそうです。


DSC_2889.jpg
綺麗にしてあります。
日常的に人が訪れているのがわかります。

DSC_2894-6.jpg
当時はここに尾牟礼山への登山口があったそうですが、残念ながら現在は雑木林になっています。

このあたりに覚遍の墓塔もあるそうですが、今回は見つけることができませんでした。
見つかり次第追記します。



今回もご覧いただきありがとうございました。
以上が止上六所大権現社の現在の姿です。
乗林寺は道路から見えない非常にわかりづらい場所にあります。
知らなければここにたどり着くことは一生ないと思えるほどです。

正直に言うと、ここで見るべきものは特にありません。
しかし乗林寺は入口にあった石仏もあわせて少し変わった雰囲気です。
不気味や怖いといったものではなく、何とも説明しにくい感じがします。

止上神社とここの両方を訪れることで「止上に来たな」となることは間違いないので、達成感を味わいたい方は訪れるとよいかと思います。



乗林寺



DSC_2924-7.jpg

category: 寺院跡

thread: 史跡・神社・仏閣

janre: 写真

tag: 霧島市 
Posted on 2017/07/07 Fri. 22:29  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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