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台明寺跡(3) 

今回は台明寺跡(3)です。

台明寺跡は以前に紹介しました。
その際は台明寺住持の墓塔群を見つけることができていなかったため、鎮守であった日枝山王社のみの紹介でした。
詳しくは

台明寺跡(1)

台明寺跡(2)

をご覧ください。

前回から一年半ほどたったある日のことです。
ある方が台明寺跡のコメント欄に台明寺住持墓群の場所に関する情報を記してくださいました。
場所が分かるといてもたってもいられません。
次の日が偶然にも休日だったため、すぐに向かいました。
その日から実に半年。

ようやく紹介します。



DSC_2788.jpg
車通りのある道からここは全く見えません。
非常に分かりづらい場所にあります。
そして何より道が細い。
この道は車一台分の幅があるのですが、ここへの入口となる道路が車両通行不可能です。
軽トラでも無理そうでした。


道の先は墓地です。
DSC_2776.jpg
そしてついに見つけました。

DSC_2722_2017061322300178d.jpg
台明寺歴代住持墓。
二段になっており、こちらは下段。


DSC_2752_20170613222832e49.jpg
「法印憲徴塔」
万延二年(1861)寂。

DSC_2747.jpg
「当山十五世権大僧都法印覚淳塔」
文久二年(1862)寂。

二人とも台明寺最末期の住持です。


DSC_2738.jpg
上段には墓塔が二基と石灯籠が二基。


DSC_2737_20170613222828d0b.jpg
「前住当山中興第二世権大僧都法印寂応大和尚」
元文三年(1738)寂。

寂応和尚墓の両側に石灯籠が立ちます。
DSC_2736.jpg
「奉寄進 両石  施主憲瑞法印」
おそらく寂応和尚を生前から知る住持であると思われます。


その横に墓塔がもう一基。
DSC_2740_201706132228317cd.jpg
「中興第三世権大僧都法印英良大和尚」
宝暦五年(1755)寂。

二世から三世の間が約二十年も空いています。
そのため、寂応と英良の間に憲瑞がいたのだと思われます。


少し離れてもう一基あります。
DSC_2727_20170613222956400.jpg
「法印覚岑大和尚」
宝永四年(1707)寂。
中興前の住持です。

DSC_2726.jpg
側面に「台明寺住僧」

覚岑大和尚墓の横に五輪塔があります。
DSC_2734.jpg
刻まれている日を見ると、こちらも覚岑和尚の墓塔であることがわかります。
覚岑大和尚の墓塔が二基ある理由ははっきりとはわかりません。


下段に少し変わった墓塔が一基あります。
DSC_2801.jpg
「権大僧都法印良永和尚」
享和三年(1803)寂。

何が変わっているのかというと
DSC_2797_2017061322324233c.jpg
この墓塔は台座の四面に良永住持の由緒が刻まれているのです。
所々が摩耗し読めなくなっていますが、このような事が刻まれています。


良永和尚は肥後の出身。
幼いころから聡明で、剃髪後は東霧島神社にいた。
多くの民衆に愛されていた。
寛政〇年に台明寺の住持となる。
日夜修行に励んでいたが、享和三年三月頃から病気がちとなる。
病は治ることなく、享和三年七月六日に寂。


かなり具体的に記されており、学術的価値の非常に高い墓塔です。


ここには住持墓以外にも多くの石造物が散在しています。
DSC_2750.jpg
「奉読誦法〇経王」
かなり荒々しく文字が刻まれています。
所々が欠けたり剥落しているため、詳しい内容は不明です。


DSC_2753.jpg
石灯籠。
この角度から見ると何の変哲もない石灯籠ですが、上から見ると少し変わっています。

DSC_2756_20170613222933c32.jpg
少し見づらいですが、笠に何か模様が入っています。
できたての頃は綺麗だったでしょう。


DSC_2718.jpg

DSC_2785.jpg
供養仏。


DSC_2768.jpg
六地蔵塔が刺さっています。
建立年代不明。

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水が備えられ、線香立てまであります。
大切にされているのが伝わってくる光景です。


DSC_2775.jpg

DSC_2779.jpg
地域の方々により大切にされています。


大切にされている物が多いですが、朽ちてしまった墓塔も多くあります。
DSC_2742_201706132229599ae.jpg

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DSC_2783.jpg
大部分が土に埋もれてしまっています。

DSC_2764.jpg
おなじみの墓石壁も見ることができます。



この場所は非常に見晴らしがよく、寺院跡で墓地でもあるのに気持ちがいいのです。
DSC_2716_20170613222926577.jpg
こんなに見晴らしがいいのに道からはほとんど見えません。

DSC_2714.jpg
左端に見えるガードレールのある道が主要道路なのですが、相当気を払っていない限りここの存在には気づかないと思います。


DSC_2794.jpg
目の前には綺麗な畑が広がります。

DSC_2789.jpg
その畑を眺める墓塔は傷だらけです。
しかし悲壮感のようなものは感じません。


墓塔群があり、広い土地もある。
そして三国名勝図会の絵図にある台明寺の位置とも大体同じであることから、ここが台明寺跡で間違いないです。
と思っていたのですが、偶然会った地元の方によると、どうやらここではないようなのです。

一枚目の道路の写真に、右上に延びる道が写っています。
その先にある家の辺りが本当の台明寺跡なのだそうです。

DSC_2803.jpg
これがその家です。
住人が引っ越したそうで現在は無人ですが、それまでここにはご夫婦が住まれていました。
そのお二人の事を地元の方々は「寺のおじさん、寺のおばさん」と呼んでいたそうです。

ここが台明寺の跡であるということを皆知っていたのですね。
具体的には墓地を含めたこの一帯が台明寺境内で、中心伽藍がこの家のあたりだったのでしょう。




以上が台明寺跡です。
新たに鹿児島県指定文化財となった日枝神社と併せて訪れてほしいですが、アクセスが非常に悪いです。
近くに車を一台なら停めることができそうなスペースがあったので、そこから徒歩で行くしかないと思います。

情報をくれた方には本当に感謝しております。
おかげで多くの興味深い物を見ることができました。


いつもご覧いただきありがとうございます。
撮影から記事にするまで半年もかかってしまいました。
写真が新鮮な時に記事にしたいのですが、なかなか難しいのが現状です。
今後もお手軽記事で繋ぎながら、ゆっくり更新していきます。



竹林山衆集院台明寺2


台明寺




DSC_2765.jpg

category: 寺院跡

thread: 史跡・神社・仏閣

janre: 写真

tag: 霧島市 
Posted on 2017/06/17 Sat. 23:50  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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