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紫尾神社鳥居跡 

二回にわたって神興寺住持の墓石群を紹介しました。
そこからさらに宮之城側に戻った場所に数十年前まで鳥居が立っていたようです。


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紫尾神社へと続く道です。
ここに鳥居が立っていたそうです。
紫尾山三所権現廟の二の鳥居であったと伝わります。

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その道の傍らに何かがあります。
ただの大きな石にしか見えませんが、実はこれが鳥居の礎石なのだそうです。
礎石の間に案内板が立っているのですが、文字がほとんど消えていてあまり意味がありません。


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礎石詳細1

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礎石詳細2
このような礎石があったということは、鳥居が木造だったということです。
いつから鳥居があったのかは不明。
ここが三国名勝図会の絵図にある鳥居の場所なのか、それとも仁王門のあった場所なのか。
はたまた全く別の場所なのか。
何とも言えません。



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礎石の横には石造物があります。


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「住吉神社」
どこかにあった住吉神社をここに遷座させたのでしょうか。


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石祠。

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中には何かしらの石像が祀られています。
神像のように見えますが、頭部がないので仏像であった可能性もあります。



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そして真ん中に素晴らしい石仏が安置されています。

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馬頭観音坐像。
文化七年(1810)造立。
大きな傷もなく状態が非常に良いです。
背後の船の形をした光背が非常に立派で印象的です。

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風化により正面の表情は分からなくなっています。
左側面の表情は良く残っています。

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頭部右側面。
鹿児島に残る馬頭観音石仏の中でも上位に入る出来の良さだと思います。
後世に残さなければならない物です。


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背後には「町石」がありました。




今回もご覧いただきありがとうございます。
以上が紫尾三所権現廟です。

紫尾にはいろいろな物が残されていました。
北薩屈指の一大宗教圏を築いていただけのことはあります。

廃仏により人々に忘れられ、荒れ果ててしまった場所もまだ多くあります。
そしてそこにはまだ多くの遺物が眠っているのだと思います。
もっと詳しく調査をすべき地域です。
私も個人的に探索をするので、何かが見つかり次第紹介していきます。




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category: 神社

thread: 史跡・神社・仏閣

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tag: さつま町 
Posted on 2017/05/28 Sun. 21:26  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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