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宝満寺跡(1) 

今回は志布志市志布志町にある秘山密教院宝満寺跡です。
泉涌寺、西大寺末律宗。
本尊如意輪観音坐像。
脇侍多聞天・持国天。
中興開山信仙上人。

聖武天皇の勅願寺として創建されたと伝わります。
聖武天皇勅願寺については真実かわかりませんが、歴史の古さと格式の高さは間違いないようで、三国名勝図会には様々な事が書かれています。
その一部を下に載せます。


・源頼朝の志願により本堂再建。
・正和五年(1316)、花山天皇勅願寺に。
・北条高時から寺領が寄付される。
・暦応三年(1340)、足利直義による一国一基利生塔の一つとなる。
・当寺の住持は御所へ参上することができた。


一つ一つもう少し詳しく書かれているのですが、あまりに長くなるので割愛します。



宝満寺は廃仏後に「宝満寺観音堂」として再建されました。
周辺は宝満寺公園となり、多くの物が残されています。
DSC_1528.jpg
宝満寺公園入口。
大きな仁王像が立ちます。


DSC_1805.jpg

DSC_1806.jpg
阿形でしょうか。


DSC_1527.jpg

DSC_1531.jpg
こちらは下半身のみ現存。
吽形でしょうか。
この仁王像一対について三国名勝図会に次のようにあります。


「・大門仁王
石像の両仁王なり。村人の説に、本田信濃守忠親、恕翁公に叛き、応永八年又三郎久凞を将として櫛間より志布志を侵す。宝満寺辺を乱掠す。志布志領主新納越後守実久松尾城に居る。時に庄内に軍を出す。城中空虚にて、守兵皆老弱のみ。一老翁あり。謀て紙製の假旗をて、衆兵の状を示す。敵疑て進まず。実久急を聞き、兵を反て馳帰り、城下の犬馬場に戦ふ。野辺薩摩九郎麾下の兵、熊田原兄弟某、衆に擢で奮ひ闘ひ、共に戦死す。時に兄は歳十九。弟は十六。皆容貌壮偉にして、勇気衆に超ゆ。人是を称賞して、当寺の仁王を建立し、兄弟の形代とすといふ。是戦三月三日なり。是に因て太平の後も、是日の勝利を我して、今に至り、三月三日には志布志に限り旌旗を立つ。此故事なりとぞ。」


この事により、熊田原兄弟の仁王像と呼ばれ、応永八年(1401)建立とされています。
阿形の背面に明確な建立年が刻まれているのですが、摩耗してはっきりと読むことができませんでした。


DSC_1814_20170128140344ceb.jpg
仁王像詳細一。

DSC_1811_20170128140303a34.jpg
仁王像詳細二。



DSC_1580.jpg
当時本堂などがあった場所は駐車場になっています。


DSC_1536.jpg
駐車場横には大変美しい光景が広がっています。


DSC_1517_20170128135756e35.jpg

DSC_1518.jpg
ほぼ廃仏以前の姿のままだそうです。


DSC_1520.jpg
橋が架かっています。
池の水はここから川へと流れていきます。


DSC_1582.jpg
池の上の岩に木がスライムのように張り付いています。

DSC_1817.jpg
正体は大きなクスノキでした。
堂々とした立派なクスノキです。


DSC_1538.jpg
池にも橋が架かっています。

DSC_1544.jpg

DSC_1545.jpg
壊れています。
以前来たときは渡ることができたのですが、現在は通行禁止になっています。

DSC_1585.jpg
壊れた石材が積まれています。
修復しないのでしょうか。


DSC_1816_201701281403559b2.jpg
背後に岩壁が迫っています。
三国名勝図会には「岩窟(イハヤ)」とあります。


DSC_1577_20170128140057893.jpg
岩窟の前には鳥居があり、その先に石碑と社があります。

DSC_1576.jpg
もう一つの階段の先には比較的新しい観音様が祀られています。
ここ一帯は基本的に立ち入り禁止です。
簡単に柵を越えることができますが、立ち入る際は自己責任です。


DSC_1549.jpg
「延命橋」
レンガ造りの橋です。
大正十四年(1925)架橋。


DSC_1556.jpg
橋の先に階段があります。

DSC_1561.jpg
階段横には石仏が並びます。


階段を上った先にはと社が二社あります。
DSC_1567.jpg
様々な石仏やお面も置かれています。


DSC_1566.jpg
こちらは何か全く分かりません。

DSC_1569.jpg
三国名勝図会にこの社の説明ではないかと思われる記載があります。


「・岩窟文殊並隠穴。
本堂の南二十歩余、寺内の池上に岩窟あり。窟内小堂に文殊菩薩を安ず。岩窟文殊と称す。童児の習書に祈るに霊験ありとかや。
又窟内一穴あり。此穴口狭小にして、僅かに入るべし。火を明し身を伏して漸く行ば、平沙ありて広く、流水あり。池の源なり。是より洞中遠きこと限なし。是を隠穴と呼ぶ。」


このお社はこの岩窟文殊ではないかと思われます。
ただ、廃仏以前の物ではない可能性が高そうです。
隠穴は先ほどの鳥居方面に水の湧いている場所があるため、そちらの方にあったのではないでしょうか。


DSC_1776.jpg
実はここも基本的に立ち入り禁止です。



観音堂が見えてきました。
DSC_1565.jpg
まだまだ多くの物が残されている宝満寺。
次回、観音堂方面へ向かいます。




DSC_1552.jpg

category: 寺院跡

thread: 史跡・神社・仏閣

janre: 写真

tag: 志布志市 
Posted on 2017/01/31 Tue. 22:40  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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