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常潤院跡(1) 

今回は常潤院跡を紹介します。

前回まで三回にわたって紹介した日新寺の支院でした。
本尊十一面観音。
開山盤忠和尚。

島津忠良の眠る場所です。



DSC_0264_2016112420303601c.jpg
竹田神社から「いにしへの道」を進んできました。


DSC_0252.jpg
仁王像一対と石門が見えてきます。


DSC_0258.jpg
阿形。

DSC_0262.jpg
吽形。
どちらも享和三年(1803)奉寄進。


石門の先には島津忠良墓所への参道が延びています。
DSC_0266_20161124203111ecd.jpg


DSC_0276.jpg
道の途中に大きな石があります。
何の案内板もありません。
後日調べたところ「島津忠良座禅石」とありました。


DSC_0271.jpg
座禅石の向こうに小さな石橋が見えます。
石橋の先は次回紹介しようと思います。



DSC_0269.jpg
墓所が見えてきました。


手前には忠良所縁の二人の墓所があります。
DSC_0279.jpg
井尻神力坊墓。

DSC_0280.jpg
天正三年(1575)寂。
三国名勝図会には次のように書かれています。


「井尻神力坊といへる修験、梅岳君の命を蒙り、邦家長久祈願の為に六十六州に法華経を奉納して、薩摩神力と札を誌す。
凡二十有二年を経て、六十六州を遍歴し畢(おわ)り、梅岳君卒し給ひし八年の後帰て、天正三年十二月廿七日殉死す。
其石塔は、日新寺境内、柿本地蔵堂の側にあり、神力が霊とて、今に奇異あり。諸人是を畏る。」


神力坊は島津忠良を慕い、島津の長久を願い六十六州を遍歴して帰ってきました。
しかし忠良は八年前に他界。
それを知った神力坊は絶望します。
僧であるため刀を持たない神力坊は高い木に登り、そこから身を投じて殉死しました。

その後神力坊の墓の周辺では不思議なことが起こっていたようです。
人々が恐れていたということは、いい事が起こっていたわけではなさそうです。


DSC_0359.jpg
神力坊墓前手水鉢。



神力坊墓の隣に五輪塔があります。
DSC_0286_201611242031397eb.jpg

DSC_0291.jpg
小さな五輪塔です。

DSC_0289.jpg
「寛庭邦宥大姉」
島津忠良の妻、寛庭夫人の墓塔です。


DSC_0297.jpg
寛庭夫人墓前手水鉢。


DSC_0319.jpg
横に小さな五輪塔が。
墓塔の主は不明です。



DSC_0314_20161124203208357.jpg
そして島津忠良墓所に到着です。

DSC_0318.jpg
入口。


忠良墓前手水鉢。
DSC_0305.jpg

DSC_0306.jpg
かなり立派な手水鉢です。
寄進年は判読不能。


入ってすぐの所には石灯籠。
DSC_0326.jpg
変わった形です。
寛延三年(1750)寄進。


DSC_0310.jpg
ここが島津忠良が眠る場所です。

DSC_0335_20161124203258413.jpg

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簡素ながら美しい。


DSC_0339.jpg

DSC_0329.jpg
石祠。
重厚感のある祠です。
独特な雰囲気が漂っています。


DSC_0352.jpg
内部には宝篋印塔を安置。
「梅岳常潤在家菩薩」と刻まれています。


石祠の横に二基の宝篋印塔が置かれています。
DSC_0342_20161124203255c23.jpg
「殉死墓」
忠良が亡くなった際に殉死した中條次郎左衛門と満富郷八左衛門の墓塔です。



DSC_0354_20161124203321f7e.jpg
これらの墓塔について三国名勝図会には次のようにあります。


「○梅岳君御石塔
 常潤院にあり。永禄十一年十二月十三日、梅岳君当村に卒す。即此処に葬る。御石塔の右側に、従臣中條次郎左衛門、左に満富郷八左衛門墓あり。当時殉死の士なり。」


当時は「殉死墓」が忠良の石祠の両側に一基ずつあったようです。



DSC_0355.jpg
忠良墓所の前には池があり、散歩コースとなっています。



以上が島津忠良墓所です。
島津氏歴代当主が眠る福昌寺とは全く違う雰囲気が漂います。
島津中興の祖と呼ばれる人物の眠る場所だけあって、重みがあるように感じます。

常潤院跡で見るべきものはこれらだけではありません。
それが先ほどの小さな石橋の方にあります。
次回、その石橋周辺を紹介します。



DSC_0337.jpg

category: 寺院跡

thread: 史跡・神社・仏閣

janre: 写真

tag: 南さつま市 
Posted on 2016/11/25 Fri. 23:19  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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