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新正八幡宮 

今回は新正八幡宮を紹介します。
祭神応神天皇・神功皇后・玉依姫命。
例祭十月二十五日。

創建について三国名勝図会には次のようにあります。


弘安年間(1278~1287)の事、石清水八幡宮の善法寺の法印了清が薩摩に下向してきた。
その時帖佐松原浦に到着し、その入江を八幡港という。
八幡港から別府川を上流へ数十町さかのぼり、船をつけた。
そこを船津村と名付けた。

東の三十町村に大池があり、その中に山がつき出ていた。
そのあたりに神輿を置き、八幡勧請の地を占った。
すると東に位置するその池中の山上の八本松に八流の幡が掛った。
了清はこれを八幡の奇瑞であるとして、その地を八幡鎮座の地に定めた。
その松を幡掛松と呼んだという。
その古松は枯れ、今の木はその後植えなおしたものである。
周囲一丈余りの松は現在二株残っている。

了清が八幡の奇瑞により山に入った際、岩の間から清泉が湧きだしてきた。
了清はますます奇瑞であるという思いを強め、神徳であると感じた。
今もその清泉は山の中腹にあり「八幡の御手洗」という。
こうして了清はその地に石垣を築き、祠を建立し「新正八幡」と号した。



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前回紹介した増長院跡から参道に戻ります。

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社殿の方向に向かいます。

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振り返ると鳥居。


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灯籠三基と随神が並びます。


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美しい苔です。

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苔。

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京都の寺院を感じさせます。

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「新正八幡宮前」
上部の梵字が神仏習合の名残です。


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随神。


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文化五年(1808)奉寄進。


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対面にも随神があります。


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社殿を大木が囲んでいます。


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八幡宮社殿。


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拝殿。
最近改築されました。

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本殿。
本殿の覆屋も改築されたようです。

ここには三十六歌仙の額が奉納されていました。
それについて三国名勝図会に記述がありました。


慈眼公(島津忠恒)の御書で、市来治左衛門家鎮の画である。
松齢公(島津義弘)が関ケ原一乱の時に御願成就の為に慶長九年(1604)十二月に寄進した。


これらは全て現存し、拝殿内に掛けられていました。
拝殿が異様に細長いのもそのためだと思われます。
痛みが激しくなったため、現在は姶良市の歴史民俗資料館で保管されています。



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社殿の前にひときわ大きな古木が立っています。

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「帖佐八幡神社の大銀杏」
姶良市指定天然記念物。

推定樹齢七百年以上のイチョウの大木です。
残念ながら樹勢がいいようには見えません。
根周辺をもっとしっかり保護した方がいいように思えます。
ここ2,3年鹿児島の神社の御神木が何本も台風などで大きな被害を受けているだけに心配です。


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大銀杏の前に手水鉢。
文政七年(1824)奉寄進。


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藪の中に灯籠の残欠が埋まっています。
文政十年(1827)奉寄進。


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風情のある社殿前の石段。
誰も注目しない場所ですが、じっくり眺めてみると意外にもいい石段でした。


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この地に新正八幡宮と増長院を建立した了清ですが、実はここに城も築いていました。
その名は「平山城」。「平安城」とも呼ばれていたようです。
跡地は現在ご覧の状況です。

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写真では分かりにくいですが、真ん中あたりに空堀のような空間があります。
他に曲輪や土塁の跡も残っているようです。





今回もご覧いただきありがとうございます。
以上が新正八幡宮です。

普段はほとんど誰も来ない神社ですが、十月二十五日に行われる「浜下り」という神事の際は多くの人がここを訪れます。
昔からの神事がしっかりと守られ、社殿も綺麗に改築され、さらに境内が行くたびに綺麗という素敵な神社です。

ここまでの道は離合不可能なほど細い道ですが、車で行くことが可能です。
見るべきものが多いので、是非参拝してみてください。

「帖佐八幡神社」、「新正八幡神社」で調べると地図が出てくると思うので、今回地図は載せません。


正八幡宮新





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category: 神社

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janre: 写真

tag: 姶良市 
Posted on 2017/07/22 Sat. 22:22  edit  |  tb: 0   cm: 0  

増長院跡 

今回は姶良市鍋倉にある平安山八流寺増長院跡です。
大乗院末真言宗。
本尊阿弥陀如来立像。
開山頼正法印。
中興円雄法印。



現在は帖佐八幡神社の境内の隅に墓塔群が残ります。

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帖佐八幡神社鳥居。
当時は「新正八幡宮」と呼ばれていました。
神社については次回紹介します。


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八幡神社参道。


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参道から横道が延びています。
道の入口に小さな看板があるので迷うことはないと思います。


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道を進むと墓塔と月輪が迎えてくれます。
風化が激しく詳細は不明。

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その奥にも墓塔があります。
こちらも風化が激しいです。


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奥には階段。
この階段を上った先に増長院の歴代住持が眠っています。


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増長院歴代住持墓群。


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見慣れた墓塔が並んでいます。

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「法印覚円」
安政四年(1857)寂。

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「当寺十三世法印覚宥」

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「法印権大僧都玉隆大和尚」
明和六年(1769)寂。


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前列には様々な石造物が並びます。

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月輪型墓塔。
「法印昌全」
延宝二年(1674)寂。

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「奉唱〇弥陀宝号三〇」
元和五年(1619)建立。


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五輪塔。

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台座に文や年号が刻んであるのですが、風化や苔でほぼ判読不能でした。


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宝篋印塔残欠。

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おそらく未完成品か失敗作であると思います。


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様々な墓塔のパーツが組み合わさったオリジナル墓塔。


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これらの墓塔群を、昭和に新造された阿弥陀如来が見守ります。
小さいながらしっかりとした造りです。



今回もご覧いただきありがとうございます。
以上が増長院跡です。
数年前までこの辺りは草が生え放題で、容易に知被ける状態ではありませんでした。
しかし現在は綺麗に掃除され、誰でも気軽に見ることができるようになっています。

月輪あまり見ることのできない珍しい墓塔です。
帖佐八幡神社を訪れた際には是非とも見ていただきたいと思います。

次回は「新正八幡宮」を紹介します。



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category: 廃寺跡

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Posted on 2017/07/17 Mon. 20:54  edit  |  tb: 0   cm: 0